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カナダで活躍する女性杜氏 高橋 美子(よしこ)さん

カナダで活躍する女性杜氏
高橋 美子(よしこ)さん

1954年佐久穂町(旧佐久町)生まれ 結婚後は佐久市平賀に住む89年蔵人として土屋酒造店に入社、2000年より同蔵醸造責任者 06年伴野酒造蔵人 11年1月単身カナダに渡り、杜氏として日本酒醸造蔵「Ontario Spring Water Sake Company」の設立に携わる

 

見知らぬ土地での酒造り

カナダで杜氏として酒造りをやらないかと誘われたのは昨年の冬。伴野酒造で働いていたカナダ人の青年から、突然電話がきたのです。確かに以前、お酒の席で「カナダでお酒を造る時は呼んでね」なんて言っていたのですが、まさか本当にカナダでお酒を仕込むようになるとは思ってもいませんでした。
実際は彼の蔵ではなく、カナダでスシ・チェーンを展開する会社が、これから開設する日本酒蔵とのこと。もちろん迷いはありました。英語も話せないし、まったく知らない土地ですし。けれども、ゼロから自分のお酒が造れるという点に、とても魅力を感じました。仕込みからラベル貼りまで、日本酒造りならすべての工程を理解しているという自信もありました。ありがたいことに主人も賛成してくれたので、今年始めには、現地の蔵の近くにコンパートメントを借りて、トロント住まいが始まりました。「ダメなら帰ればいいや」と覚悟を決めて。

 

周囲に支えられてきた蔵人時代

酒造りに関わるようになったのは、学校のPTA役員をしていた時、土屋酒造店さんより誘いを受けたからです。思えば当時、蔵で働いていた小谷杜氏の関せきみのる実さんに出会えたのが大きかったのだと思います。酒造りの何もわからないまま蔵の掃除や洗濯をしていたのですが、関さんはとても心の広い方で、最初の年から麹造りに関わらせてくださり「ほかにも興味があれば教えるよ」と言ってくださいました。そこから俄然、酒造りが面白くなってきました。同じように造ってもその都度仕上がりは微妙に違うという「生き物」相手の仕事は、子どもを育てているような充実感がありました。
当時、女性が酒造りをすることは、ほとんど考えられなかった時代です。勉強しようと県の講座に申し込んでも、女性は受け付けていないといわれたくらいでした。そんな中で土屋酒造店の社長さんが奔走してくださり、日本醸造組合中央会の通信講座で醸造学や酒造りの基本を学ぶことができました。
杜氏になるには、通常でも20年〜30年かかると言われる世界です。何の経験もなかった主婦が10年と少しで蔵の醸造責任者を務め、第75回関東信越国税局酒類鑑評会優秀賞を受賞することができたのは、大勢の方に育てていただいたおかげだと思っています。

 

カナダに酒文化を広めたい

カナダに来て困ったのは、酒造りの道具を一から集めなければならなかったこと。例えば醸造タンクはワイン用のものを使うので、酒を出す「ノミ」の場所が違います。なのでメーカーに頼んで、タンクの底に穴を開けてもらいました。蒸し米を包む布をキャンパス地から自分で仕立てたり、お湯を打つためのひしゃくはチャイナタウンのアルミ鍋を利用したり、小さなことも工夫しました。
最初に仕込んだお酒は、3月に初しぼりを行いました。心配で心配で、前の日はご飯ものどを通らないほどでしたが、立ち会った現地の人はみな「日本酒ってこんなにおいしいのか」と感動してくれました。ワイン文化の人に受け入れてもらえるよう、甘みと酸味を出そうと苦心したところ、想像通りの味で、思わず社長と抱き合って泣いちゃいました(笑)。銘柄は「泉」という生酒1本。最初のお酒のサブネームは「デモドリ・ムスメ」。造りの途中で醸造タンクの温度が急に下がってしまいましたが、もろみが復活してすごくいいお酒になったことから付けました。これからもいい「泉」をたくさん仕込み、カナダの人たちに日本酒のおいしさを広めたいと思っています。