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フランス ヌーベル・ルネサンス認定名誉作家
長﨑 直司さん

ながさき なおじ 1939年佐久市田口生まれ 中学卒業後紳士服店に就職 紳士服の職人として働く 60才の定年退職後に日本美術教育センターの通信教育で絵画を習う 課程修了3年目の浅間山を描いた作品が公募展で入選し、ロシアのエルミタージュ美術館関係者の目に留まりアカデミー賞他、数々の賞を受賞

 

絵画とは無縁の60年

1939年、日本が戦争の最中に生を受けました。小学校・中学校の頃は戦中戦後の貧しく物のない時代を過ごしました。子どもの頃から絵を描くことは好きだったように思いますが、おそらく学校の授業で描くぐらいだったと記憶しています。それでも中学生の時に水彩絵の具を油絵の具のように使って描いた絵が、全国中学児童画展に出展する作品に選ばれたことはよく覚えています。
中学卒業後は紳士服店に就職、以来紳士服を仕立てる職人としてとにかく一生懸命に働きました。「長﨑さんにお願いしたい」とスーツの直しを依頼されたことも。職人としての腕を認めてもらえたのだと思います。その間に絵を描くことは全くありませんでした。

 

定年退職後の趣味として

「赤富士」油彩、20号。縁起物の赤富士はお正月にカフェで会えるかもしれません

退職を機に何か趣味らしいものを始めたいと思い、もともと好きだった絵画を、日本美術教育センターの通信教育でやってみることにしました。1年間段階的に課題を提出、11ヶ月目に試験を受け、2001年1月に修了しました。修了後に出品した浅間山を描いた作品が同センターの公募展で入選。芸術年鑑に作品が載ったことでロシアのサンクトペテルブルク美術大学長の目に留まり、エルミタージュ美術館での展覧会への出展を依頼されました。そこでアカデミー賞を受賞。欧州の美術会長も務める同大学長から、「パリのルーヴル美術館でも日本展があるのでぜひ出展をお願いしたい」と依頼を受け、いわれるままに出展し、モナリザに準ずる賞といわれる「プリデリオン賞(グランプリ)」と「トリコロール芸術平和賞」をダブルで受賞しました。ほかにも京都西本願寺で行われた国際展へ出展、浅間山の冬の景色を描いた作品がロシア展で平和大賞を受賞するなどたくさんの賞をいただきました。自分自身はほとんど佐久から出たこともないのですが、作品は世界中を飛び回っています。
2006年には母校の田口小学校に入学60年記念として、赤城山と大沼湖を描いた20号の絵「春陽」を寄贈しました。

 

絵は一生の生きがい

ロシア、オーストリア、フランス、タイ、中国など、様々な国で賞を受賞。写真には納まりきらないほどの賞状やメダルも

佐久周辺には絵の題材となる風景が豊富にあると感じています。四季折々に異なる表情を見せる浅間山や蓼科湖、白駒池、ちょっと足を延ばして松川渓谷など、魅力的な景色に囲まれていて絵心がくすぐられます。奥様と一緒に何度も訪れた富士山を描いた「赤富士」は、頭の中の残像をキャンバスに落としていくような感覚で、3ヶ月ほどかけて完成させました。絵は感性が大事だと思います。ただ忠実に目に映るものを描いただけでは写真と同じになってしまってつまらない。絵描きはおおよその構図を頭の中に描いているもの、描いていけないものは描かず、必要なものは足せばいいと思います。
今まで描いてきた作品は、奥様のいとこが経営している佐久市内山のカフェに展示しています。季節により展示する作品も替えています。カフェに訪れたお客様に見ていただき、喜んでいただけたらそれで十分。これからはゆっくりでも自分のペースで描いていきたいと思っています。