ぷらざINFO/この街の仲間たち

跡部踊り念仏保存会

昨年4月の「跡部の踊り念仏」の際の集合写真。
大人に負けず、小学生も真剣に踊りました。
今年は4月7日に西方寺にて披露

跡部の踊り念仏

弘安2年(1279)、今から740年前の鎌倉時代、時宗の開祖・一遍上人が善光寺参拝の帰り道に佐久を訪れた際、伴野の市庭(市場)や小田切の里で踊りながら念仏を唱えたのが始まりとされ、「跡部の踊り念仏」は地域の伝統行事として現在まで受け継がれてきました。
跡部踊り念仏保存会は1966年に発足。2000年に国の重要無形民俗文化財の指定を受け、現在は大学生から90代まで幅広い年齢層の仲間、約40人で活動しています。

後継者育成の取り組み

跡部の踊り念仏は毎年4月の第1日曜日に西方寺で行なわれます。西方寺の本堂内に組まれた「道場」の中で、音頭を取る太鼓方(2人)の合図に従い、踊り手(8人)が中央に置かれた太鼓のまわりを、太鼓や踊り手の叩く鉦(かね)の音に合わせ念仏を唱えながら約25分間はね踊ります。基本的に太鼓方は男性、踊り手は女性と役割が分かれていますが、男性が踊り手になることも。9年前からは夏休みに子どもを対象とした練習会を開催。3年前からは伝承者の公演の他、伝承者のリードに合わせて、地元の小学5.6年生も披露するように。今年も3月末から本格的な練習が始まり、4月7日に本番を迎えます。

かつては野外で行われていましたが、
現在は西方寺の本堂内に
約4m四方の「道場」を設置して
披露しています

地域の伝統を繋ぐ

これまで県内外でも踊り念仏を披露し、多くの方に見ていただく機会がありました。また跡部地区の小学生と一緒に踊ったり、地元中学生の体験学習で講師を務めたりと、若い世代との交流も増えています。2年前には後の世代に現在の姿を残そうと「跡部の踊り念仏映像保存版」を作成。「地元を離れた子どもたちもいつか戻ってきて地域の伝統行事に参加し地域全体で盛り上げ、長く続いてくれたら」と会長の北村さん。「跡部の踊り念仏」や下伊那の「和合の念仏踊り」を含む全国の重要無形民俗文化財をグループ化し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産登録への動きも出てきています。地域の伝統を後世へ残す活動はこれからも続いていきます。