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こころのあり方とクリニックの役割

「月刊ぷらざ佐久平 平成24年1月号」掲載

馬場先生佐久平の地に、心療内科のクリニックを開いて、7年半が過ぎました。この間に、わが国の社会情勢は少しも好転の兆しが無く、日本人のこころのあり方は益々変わり、診察室から見る風景は、とても残念なことですが灰色にくすんで見えます。患者さんの数も次第に増加し、一日も早く苦しみから逃れたいと願う患者さんを、非情にも長く予約でお待ち頂く有様です。うつは心の風邪などと言われますが、それとは違って元気になるまでにはたいてい数ヶ月、まれには年余にわたる方もおいでです。それに最近は新型うつ病などという言葉も流行してきました。今回はそうした問題から浮かび上がる幾つかについて触れてみます。

 

ねむの木公園クリニック(☎0267-67-8866) 馬場 正彦 顧問

 

早めの受診を

最近落ち込んでいる、寝つきが悪い、朝会社に足が向かない、一人ぼっちだ、息苦しい、変に心臓がドキドキする、先を考えるのが怖い、ご飯がおいしくない、やせた、そんな生活が2週間以上続いたら、迷わず専門の医師に相談しましょう。受診が早い方が早く良くなりますし、何よりもどう進んだらいいか、生きる方向が定まります。

 

薬による治療

現代のうつ病をはじめ、〇〇症、××障害と呼ばれるこころのあり方の諸問題は、まずお薬で治療のプログラムを始めます。かつて世界中で〝薬づけ〞という言葉が流行り、こころに作用する薬は最もキケンな麻薬か覚せい剤と混同され、それを使えば、もうけ主義の悪徳病院のように考えられた時代がありました。しかし、当時開発された薬の前には有効な薬は無く、新しい薬すなわち安定剤は間違いなく、こころの病を改善する薬として画期的な一里塚でしたし、その高い有効性と安全性のために、今もしばしば使われています。それから40年経った今、薬は飛躍的に進歩し、大部分の患者さんは入院しなくてもよくなる時代になったのです。しかし、薬物療法の道のりは、そう順調ではありません。クリニックにおいでになる若い女性で、処方を受けて家に帰ると、お母さんやおばあちゃんに「安定剤は依存症になる。気持ちをしっかり持っていれば、そんなものを使わなくてもいい」と諭されることがよくあります。そんな御家族に考えて欲しいのは、今その女性の悩みを救ってくれる他の良い方法がありますか、ということです。こころの弱った人にこころをしっかり持てというのは酷な話です。こころの問題は安易な判断を許しません。
では、こころの問題は薬で全て解決するでしょうか。もちろん答えはノーです。もしそうなら、年に1回届けて貰う〝置き薬〞で解決します。最近開発された多くの薬は副作用も少なく安全性はかなり高いのですが、使う種類や量、タイミングはかなり複雑です。それに何よりも、人は原則として薬は使いたくないものです。その薬を前向きに信じ、見失った生きる道筋を再発見し、人とのつながりの中に喜びを見出すには医療者との根気のいる共同作業が必要です。それを精神療法と呼びます。今のように薬のなかった時代に、フロイドや森田正馬という偉大な医師が患者さんと向き合って何とか病気を治そうといろいろな方法を考えました。それが精神療法の始まりです。しかし、時代は変わりました。薬の使用を前提にしながら、患者さんの心を支え、病気の原因を共に考え、治療を推し進めるのが現代の精神療法であると言えるでしょう。

 

家族や社会との問題

患者さんと医師が社会から孤立して病気を治すことはありえません。特に最も身近な家族の存在は重要です。家族の一言が大きく患者さんのこころの持ち方を変える場合があります。配偶者や親の態度が治癒の妨げになっている場合も少なくありません。うつ病の患者さんの治療に当っては、必ず家族と面談し、理解を深め合うことを鉄則にしております。
近年、企業の中でもこころの問題から休みがちな社員が増え、対策に苦労している事業所が沢山あります。一旦発病すると、完全な形で職場復帰するにはかなりの時間が掛かります。経営の存続すら危ういことの多い社会情勢の中で、事業所自体が発病や再発に関わる問題を抱えている場合が多いのですが、やはり火事は出すより出さない注意と工夫が強く望まれます。明らかに社内の人間関係のあり方に問題ありとする事例も少なくありません。上に立つ人は一層アンテナを鋭敏にする必要があります。

 

うつの治療に必要なこと

ねむの木公園クリニックも開業して7年以上が経ちました。入院中心から通院中心の社会性重視の医療に国が大きく舵を切って久しくなりました。うつの治療に休養は大切ですが、ただ家にこもるのは却ってストレスという患者さんもおいでです。また長く休むことで世の中から置いてきぼりにされたという思いが募る場合もあります。自分以外のうつの人はどんな風に病気に耐えているのか知りたがっている方もいます。診察室以外の場所で患者さんがこころを休めたり、患者さん同士が語り合ったり、家族が苦労話を聞き合うような空間が必要と思われることがしばしばあります。

 

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